――どこまでも広がる真っ白な雪原。
しんしんと粉雪が降りそそぐ非現実的な空間に、ボクは一人で佇んでいた。
冷たいと感じてもおかしくないのに、感覚はなにも感じなかった。
どこからか聞こえてくる微かな声に、耳を澄ます。
声がする方に、足を踏み出すにつれて、鮮明になっていくそれが歌声であることに気づく。歌声を追い求めて、さらに足を繰りだしていく。
はっきりした歌声が届いた時、純白だった視界に、いつか見たなつかしい光景が広がっていく。
そこには、まだ中学生のボクと璃子の姿があった。
高校の制服と違う真っ黒な制服を着ている璃子は、慣れない手つきでギターを弾いている。その練習風景を、中学生のボクはスケッチブックに忙しく写しとっている。
演奏につっかえて、顔を上げた璃子が、口元をかすかに緩める。
「大介、本当に楽しそうだね」
その声が聞こえていないのだろうか。中学生のボクは夢中で描き続けている。
璃子はクスリと微笑んで、ギターの練習に戻っていった。
あぁ、思い出した。このころのボクは、朝から夜まで絵のことばかり考えていた。まるで、それがボクのすべてかのように。
絵の学校に進むわけでもなく、納得して就職するわけでもない。
今のボクを知ってしまったら、中学生のボクはひどく落胆するかもしれないな。
――なつかしい光景は、霧がかかったみたいに薄れていった。
どこか遠い場所を漂っていたボクは、ゆっくりと現実に着地した。
ぼんやりする頭に、絵を描かなければならない衝動が駆け巡っていく。璃子の背中を押せる答えを見つけたわけじゃない。けど、絵を描くことで、たしかなヒントが見つかりそうな気がした。
ボクは乱雑に散らばる教科書を払いのけて、スケッチブックを開いた。
なにも描かれていないページを目にして、ペンを握る手が踊るように動いていく。
描いてはやり直してを繰り返して、ぼやけた輪郭を徐々にはっきりさせていく。
そんな、途方もない作業に、ご飯を食べるのも忘れて没頭した。
真っ白な用紙を埋めていくのが、たまらなく楽しくて、それ以外のことは、なにも頭に入らなかった。
やがて、璃子に伝えたい想いは一枚の絵になって完成した。
ポケットに入れていたケータイで時刻を確認すると、学校を一日休んでしまったことに気がつく。
飲まず食わずで、丸一日半ぐらい絵を描いていたことになるのか。
カーテンの向こうは白く透き通っていて、窓を開け放つと、ひんやりした早朝の風が、部屋にこもる空気をつれさった。
しんしんと粉雪が降りそそぐ非現実的な空間に、ボクは一人で佇んでいた。
冷たいと感じてもおかしくないのに、感覚はなにも感じなかった。
どこからか聞こえてくる微かな声に、耳を澄ます。
声がする方に、足を踏み出すにつれて、鮮明になっていくそれが歌声であることに気づく。歌声を追い求めて、さらに足を繰りだしていく。
はっきりした歌声が届いた時、純白だった視界に、いつか見たなつかしい光景が広がっていく。
そこには、まだ中学生のボクと璃子の姿があった。
高校の制服と違う真っ黒な制服を着ている璃子は、慣れない手つきでギターを弾いている。その練習風景を、中学生のボクはスケッチブックに忙しく写しとっている。
演奏につっかえて、顔を上げた璃子が、口元をかすかに緩める。
「大介、本当に楽しそうだね」
その声が聞こえていないのだろうか。中学生のボクは夢中で描き続けている。
璃子はクスリと微笑んで、ギターの練習に戻っていった。
あぁ、思い出した。このころのボクは、朝から夜まで絵のことばかり考えていた。まるで、それがボクのすべてかのように。
絵の学校に進むわけでもなく、納得して就職するわけでもない。
今のボクを知ってしまったら、中学生のボクはひどく落胆するかもしれないな。
――なつかしい光景は、霧がかかったみたいに薄れていった。
どこか遠い場所を漂っていたボクは、ゆっくりと現実に着地した。
ぼんやりする頭に、絵を描かなければならない衝動が駆け巡っていく。璃子の背中を押せる答えを見つけたわけじゃない。けど、絵を描くことで、たしかなヒントが見つかりそうな気がした。
ボクは乱雑に散らばる教科書を払いのけて、スケッチブックを開いた。
なにも描かれていないページを目にして、ペンを握る手が踊るように動いていく。
描いてはやり直してを繰り返して、ぼやけた輪郭を徐々にはっきりさせていく。
そんな、途方もない作業に、ご飯を食べるのも忘れて没頭した。
真っ白な用紙を埋めていくのが、たまらなく楽しくて、それ以外のことは、なにも頭に入らなかった。
やがて、璃子に伝えたい想いは一枚の絵になって完成した。
ポケットに入れていたケータイで時刻を確認すると、学校を一日休んでしまったことに気がつく。
飲まず食わずで、丸一日半ぐらい絵を描いていたことになるのか。
カーテンの向こうは白く透き通っていて、窓を開け放つと、ひんやりした早朝の風が、部屋にこもる空気をつれさった。