救急車が到着するまで、おじさんが目を開けることはなかった。
 医療とか人命救助とかに無知なボクでも呼吸をたしかめるぐらいはできて、おじさんが息をしていることだけは分かった。それ以上のことは、なにもできなくて、ふがいないボクはおじさんの側にいることしかできなかった。
 町の外れにある病院の前で停まった救急車を降りると、おじさんは白衣を着た医者と看護師たちに囲まれて、治療室に慌ただしく運ばれていった。
 璃子には、救急車から電話をかけて、内容は伝えてある。璃子が病院にやってきたのは、おじさんが治療室に入って、三十分ぐらい経ってからだった。
 息を切らした璃子は「お父さんは! お父さんはどこ?」と叫んで、ボクの肩を強くゆさぶった。涙をためる璃子から目をそらしてしまい、ひどく情けない感情が胸の奥から一気に沸き出す。
 看護師に声をかけられた璃子は、おじさんが運ばれた治療室とは、また違う部屋に案内されていく。その後ろ姿が、部屋に入っていくのを呆然と眺めた。
 なんの役にも立たないボクが、ここにいたらいけないような気がして、璃子に「近くの公園で待っている」とだけメールを送り、病院を後にした。