三日後、璃子のおじさんは目を覚ました。
 そのことを璃子から聞かされたボクは「とりあえず無事でよかった」と、なんとも気の利かない言葉しかかけられなかった。
 学校が終わったら、おじさんが入院する病院に、璃子は足しげく通った。
 そんな日々が続く中、璃子の表情から笑顔は消えていき、自習時間は睡眠へと変わっていった。
 連日のように行っていたライブはピタリと止まり、璃子の歌声が夜の商店街に響くことはなかった。
 おじさんの身体の具合は、もちろん心配だった。それと同じぐらいに、璃子がシンガーになる夢を本当に諦めてしまったのか。ということが、ボクの胸を不安にさせた。

 璃子になんの協力もできない日々が続き、卒業まで残り一ヵ月を切ろうとしていた。そんな時期になっても、ボクは進路も決まっていなかったし、卒業をした後の当てもなかった。
 クラスメイトのほとんどが受験も終わって、ピリッとした空気から抜け出していた。
 以前の明るい様子を取り戻したクラスは、後は卒業を待つばかりという空気なのに、璃子は相変わらず一人浮かない顔をしていた。

 ほとんど用がなくなったノートに、卒業式の後どこへ行こうかと騒ぐ友達の姿を描いた。今こうして描いているラクガキも、大人になって見返したら、いい思い出の一つにでもなっているのだろうか。
「やっぱり、大介って絵うまいよね」と、頭上から降りかかる声に、ボクは顔を上げる。
「よっ!」と、片手を上げる璃子の顔を久しぶりに見た気がした。
「お父さんが大介に話したいことがある、って言っててさ。今日、用事とかなかったら、お父さんが入院している病院に行ってもらえないかな?」
「分かった。学校が終わったら、璃子と一緒に行けばいいのか?」
「そうしたいんだけど、お店をほったらかしにしてて、そっちも色々とやらないといけなくって」
「わかった」という返事を確認した璃子は「じゃあ、お願いね」と言い残して、席へ戻っていく後ろ姿を見送った。
 最後まで仕上がっていないクラスメイトの絵を見つめて、ボクはノートを閉じた。